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2020年3月16日更新

「膝蓋骨の発生メカニズム」理学療法士 飯島弘貴先生のコラム

人体の骨格や関節はどのように形成されるのでしょうか?また、骨格や関節の形成過程において、筋肉はどういった役割を担っているのでしょうか?個人的な経験則ですが、医療専門職の養成校における解剖学の講義や実習では、カリキュラム時間上の制約によってこのような発生生物学的視点に立った教育は十分に行われていないように思います。今回は、近年報告された発生生物学的知見を軸に、膝蓋骨(いわゆる膝小僧)の形成メカニズムとその形成過程における大腿四頭筋の役割について解説します。

 

<膝蓋骨の発生メカニズムにおける筋収縮の役割>

人体には種子骨(sesamoid bone)*1と呼ばれる特殊な骨が存在しています。この種子骨は腱の中に存在する骨であり、手、手関節、足部、耳(耳小骨)、膝関節にそれぞれ種子骨を有しています。中でも膝関節に存在する膝蓋骨は人体最大の種子骨であり、kneecapとも呼ばれているようです。

膝蓋骨の代表的機能は膝関節の屈曲伸展運動における大腿四頭筋のモーメントアーム*2の増大です。このモーメントアーム増大によって、膝関節伸展トルクが50%程度増大するとされています1。一方、先天的な膝蓋骨無形性や低形成、あるいは外科的手術による膝蓋骨切除によって、膝関節痛や膝関節不安定感などの自覚症状、歩行や階段昇降などの移動制限を招くという報告があります2, 3。これらのデータは膝関節機能を維持する上での膝蓋骨の重要性を裏付けています。

それでは、胎生期において膝蓋骨はどのように形成されるのでしょうか?これまでに最も広く知られている理論は、腱の一部が外力を受け続けることによって骨組織が形成されるというものです4, 5。具体的に言うと、未熟な腱の中に存在する線維性組織が力を受けることで軟骨組織となり、そこに血管が侵入することで骨化が生じることになります。腱組織が力学的に過酷な環境に暴露された結果として膝蓋骨が形成されるという考え方です。

ところが2015年、イスラエルのワイツマン科学研究所のDr. Eyalらは、マウスを用いて実験を通じて、上述の従来の考え方にはない新しい理論を提唱しました6。それは、膝蓋骨は大腿骨の一部として発生し、その後、大腿四頭筋腱に引っ張られるようにして大腿骨から分離し、膝蓋骨が形成されるという考え方です6。腱組織の中に膝蓋骨が形成されるわけではないため、従来の考え方とは大きく異なります。なお、将来膝蓋骨になる組織中の細胞は、SOX9とScleraxisというタンパク質が同時に発現しているという特徴を有しており6、そのまま大腿骨になる細胞とは特徴が違うようです。

この新しい理論の中で特に興味深いのが、膝蓋骨と大腿骨の分離において大腿四頭筋の収縮が鍵となるということです。Dr. Eyalらは、筋肉の収縮が生じない遺伝子改変マウスにおいて、膝蓋骨と大腿骨の分離が阻害されることを見出しました6。つまり大腿四頭筋から膝蓋骨-大腿骨複合体に伝わる力の欠如が膝蓋骨の分離を阻害したことになります。言い換えれば、胎生期における大腿四頭筋の収縮が、膝蓋大腿関節の形成において必須という解釈もできます。

上記の報告は、筋肉の収縮が種子骨や関節の形成に寄与するというエビデンスになりますが、筋肉の収縮は関節が一度形成されてからの形態維持や恒常性にどのように関わっているのでしょうか?発生生物学分野のみならず、リハビリテーション医学分野においてもとても興味深いです。

 

*1種子骨は小さくゴマの種子に形が似ていることから、その名前の由来はラテン語のsesamum(sesami seed: ゴマ種子)であるとされる

*2支点と力の作用線との垂直距離。本稿においては、支点は膝関節屈曲伸展の回転中心、力の作用線とは大腿四頭筋収縮によって生み出される張力の伝達方向を意味している。

 

引用文献

1、Schindler OS, Scott WNJAoB. Basic kinematics and biomechanics of the patello-femoral joint. Part 1: The native patella. 2011; 77: 421.

2、 Braun HSJCg. Familial aplasia or hypoplasia of the patella. 1978; 13: 350-352.

3、Sutton FS, Jr., Thompson CH, Lipke J, Kettelkamp DB. The effect of patellectomy on knee function. J Bone Joint Surg Am 1976; 58: 537-540.

4、 Howale DS, Patel ZKJIJoS, Publications R. Hypothesis: morphology and development of the patella. 2013; 3: 1-5.

5、Sarin VK, Carter DRJJoOR. Mechanobiology and joint conformity regulate endochondral ossification of sesamoids. 2000; 18: 706-712.

6、Eyal S, Blitz E, Shwartz Y, Akiyama H, Schweitzer R, Zelzer E. On the development of the patella. Development 2015; 142: 1831-1839.

 

【飯島弘貴先生プロフィール】

飯島 弘貴(いいじま ひろたか)
理学療法士
人間健康科学博士(PhD)
京都大学大学院医学研究科 客員研究員
米国ピッツバーグ大学McGowan Institute 博士研究員
日本、米国にて関節軟骨疾患の病態解明や新規治療法開発に関する研究を行っている。京都大学医学研究科ならびにハワイ大学解剖実習における講義補助経験を有する。
米国ペンシルベニア州在住
家族構成 妻、長女