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2019年11月16日更新

「膝関節筋の謎」理学療法士 飯島弘貴先生のコラム

解剖学の教科書を読むと、膝関節筋は大腿骨遠位前面から始まり、膝関節包に終わるとあります。このことから、膝関節筋は膝関節包を引っ張る独立した骨格筋であるかのように思ってしまいがちですが、本当でしょうか?今回は、主に解剖献体を対象に行われたスタディを基に、「膝関節筋の謎」について迫りたいと思います。

 

<膝関節筋-中間広筋-内側広筋コンプレックス>

従来、膝関節筋は単独で膝関節包を上方に引っ張ることで、膝関節伸展時に膝関節包が膝蓋骨と大腿骨に挟まれるのを防ぐ役割を持つと言われてきました1。しかし、2012年に報告された解剖献体18体のスタディによって、膝関節筋“単独”としての役割が疑問視されることとなりました2。MRI上でこの献体18体の膝関節筋の断面積を評価すると、その平均はわずか1.5 cm2と、外側広筋の10分の1未満だったのです(平均横断面積は21.6 cm22。さらに、このスタディでは膝関節筋の筋線維タイプが必ずしもType I(遅筋)線維*1優位ではないこともわかりました2。この結果は、膝関節筋は“単独”で常に働く抗重力筋(Type I線維が多い)、という過去の主張1に相反するものでした。

 

このような背景の下、2017年にGrabらは、解剖献体12体の膝関節筋と中間広筋ならびに内側広筋との関係性を詳細に調査しました3。膝関節筋は3-6個のサブタイプに分類されると言われますが、彼らは、この中で最表層かつ大腿骨近位に位置する筋線維群は中間広筋の深層から起始することを明らかにしました3。この事実は、膝関節筋の収縮によって生み出される力は、中間広筋の影響を受けることを意味しています。中間広筋と内側広筋が連結している3ことを踏まえると、膝関節筋は中間広筋や内側広筋とともに複合体(コンプレックス)を形成し、機能していると言えます(図)。膝関節筋は中間広筋と筋膜で分離されておらず、また、いずれの筋肉も同じ大腿神経によって神経支配されている事実からも、膝関節筋-中間広筋-内側広筋コンプレックスの考えが支持されているようです。これらの解剖献体スタディから、膝関節筋は中間広筋や内側広筋の筋長や筋張力の影響を受けながら4、膝関節の全可動域に渡って膝関節包に対する牽引力を生み出していると推測できます。

 

上述のような解剖献体スタディによって、膝関節筋の形態からその機能が推測されてきましたが、残念ながら生体における膝関節筋の機能を報告したスタディは少なく、私の知る限りでは超音波診断装置を用いて膝関節筋を評価した1編のみです5。このスタディでは、大腿四頭筋収縮時の膝関節筋による膝関節包移動量が、変形性膝関節症者の膝伸展関節可動域や関節痛と関連することを明らかにしています5。生体に適用できる超音波診断装置やMRI等の機器では、上述のような膝関節筋-中間広筋-内側広筋-コンプレックスを十分に評価することは難しいように思いますが、関節痛と膝関節筋の関連性を示したことは興味深いです。

御献体の解剖前に超音波診断装置を用いて膝関節筋-中間広筋-内側広筋の形態を評価し、実際に解剖した際の肉眼的所見と照らし合わせてみるのも面白いかもしれません。

 

*1筋肉の筋線維は大きく分けるとType I(遅筋)線維とType II(速筋)

線維に分かれている。Type I線維はいわゆるマラソンランナーで、筋張力は低いが疲労しにくい特性を持ち、Type Ⅱ線維はスプリンターで、張力は高いがすぐに疲労する特性を持つ。ヒトが重力に逆らって起立している場合には、姿勢を一定に保持するために抗重力筋が常時作用しているが、この抗重力筋にはType I線維を多く含んでいる。

 

引用文献

1: Ahmad I. Articular muscle of the knee–articularis genus. Bull Hosp Joint Dis 1975; 36: 58-60.

2: Woodley SJ, et al. Articularis genus: an anatomic and MRI study in cadavers. J Bone Joint Surg Am 2012; 94: 59-67.

3: Grob K, et al. The Anatomy of the Articularis Genus Muscle and Its Relation to the Extensor Apparatus of the Knee. JB JS Open Access 2017; 2: e0034.

4: Maas H, et al. Force transmission between synergistic skeletal muscles through connective tissue linkages. J Biomed Biotechnol 2010; 2010: 575672.

5: Saito A, et al. Functional status of the articularis genus muscle in individuals with knee osteoarthritis. J Musculoskelet Neuronal Interact 2016; 16: 348-354.

図解編集:飯島弘貴

参考写真:Visible body

【飯島弘貴先生プロフィール】

飯島 弘貴(いいじま ひろたか)
理学療法士
人間健康科学博士(PhD)
京都大学大学院医学研究科 客員研究員
米国ピッツバーグ大学McGowan Institute 博士研究員

日本、米国にて関節軟骨疾患の病態解明や新規治療法開発に関する研究を行っている。京都大学医学研究科ならびにハワイ大学解剖実習における講義補助経験を有する。
米国ペンシルベニア州在住
家族構成 妻、長女