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2019年8月1日更新

<正常な関節軟骨構造や機能と歩行バイオメカニクスの関係性>

はじめまして!この度、解剖実習アカデミーさんを通じて情報を発信することになりました、飯島弘貴です。私は理学療法士という肩書を持ちながら、現在は米国にて、変形性関節症と呼ばれる関節軟骨疾患に関する医学研究に没頭しています。これまでに関わったヒト解剖実習での知見や(ネズミの解剖経験も割と豊富です)、関節軟骨や骨格筋を中心とした最新の研究成果等、みなさまに有益な情報を発信できればと考えています。

 

<正常な関節軟骨構造や機能と歩行バイオメカニクスの関係性>
第1回は、私の専門である関節軟骨や変形性膝関節症についてお話します。1Gの重力環境下*1でのヒト二足歩行に伴い、膝関節の関節面(大腿骨と脛骨で形成される脛骨大腿関節を想定)には圧縮や剪断(擦り合わせる力)といった力が加わります。関節面を覆う関節軟骨は、コラーゲンと呼ばれる線維構造の中にプロテオグリカンと多量の水を含有することで弾力性を有し、衝撃に対して関節軟骨が一時的に変形することで、関節面を保護します。この関節軟骨が摩耗変性する病気が変形性膝関節症です。日本の65歳以上の2人に1人が変形性膝関節症であり、関節痛の原因となります。

 

ここで、関節軟骨構造からその機能を考えてみます。上述のコラーゲン線維の走行は、関節面の中でも領域によって異なります。関節面中央には圧縮力が、周辺(半月板に覆われている部位)には剪断力が多く加わるため、例えば周辺部ではコラーゲン線維が軟骨表面に多く横走することで、剪断力に抵抗します(図)1。また、膝関節軟骨が最も厚い部位は、歩行中に踵が接地する瞬間の接触部位である関節面中央部です。踵接地時には体重の3倍近い衝撃が膝関節に加わるため2、強い衝撃が繰り返されることで中央部には厚い関節軟骨が形成されると言われています。興味深いことに、生後間もない時には、このような領域別の特徴は明らかではありません。このように考えると、歩行中に関節面に加わる力が関節軟骨の構造や機能を決定づけると考えることができます。

 

 

<変形性関節症の発症メカニズムについて関節軟骨構造の観点から考察する>
関節内靭帯である前十字靭帯の断裂は変形性関節症の危険因子であると言われています。原因は定かではありませんが、前十字靭帯断裂によって大腿骨と脛骨の前後不安定性が生じ、歩行中に関節面に加わる力や接触部位が変化することが一つの要因だと考えられます。例えば接触部位が変化すると、強い荷重に日頃慣れていない領域において関節軟骨の適応不全が生じ、変形性膝関節症が発症し易いことが想定されます。私が過去に行った研究では、同程度の圧縮力を加えた場合、半月板に覆われた周辺部軟骨において細胞死が多く観察されました(未発表データ)。

 

 

<解剖実習チェックポイント>

1. 関節面の中でも場所による関節軟骨の違いや関節軟骨の摩耗変性の状態*2を確認する
2. 膝関節運動を行ったときに*3、関節面の接触部位がどのように変化するのか観察する
3. 前十字靭帯切離前後で大腿骨と脛骨の位置関係や関節面接触部位がどのように変化するのか観察する(可能であれば2との組み合わせ)

今回は関節軟骨の基本的な構造や機能について解説しました。次回は、膝関節痛の原因について解説する予定です。

*1地球上ではあらゆる物体に1Gの重力がかかる
*2正常な関節軟骨は白く表面が滑らかであるが、摩耗変性状態では白みが弱く表面がざらざらしている
*3ホルマリン未固定のフレッシュな献体のみで可能

引用文献
1. Chaudhari AM, et al. Knee kinematics, cartilage morphology, and osteoarthritis after ACL injury. Med Sci Sports Exerc 2008; 40: 215-222.
2. Schipplein OD, et al. Interaction between active and passive knee stabilizers during level walking. J Orthop Res 1991; 9: 113-119.

 

【飯島弘貴 先生プロフィール】

飯島 弘貴(いいじま ひろたか)
理学療法士
人間健康科学博士(PhD)
京都大学大学院医学研究科 客員研究員
米国ピッツバーグ大学McGowan Institute 博士研究員

日本、米国にて関節軟骨疾患の病態解明や新規治療法開発に関する研究を行っている。京都大学医学研究科ならびにハワイ大学解剖実習における講義補助経験を有する。
米国ペンシルベニア州在住
家族構成 妻、長女